EUのCRCFが実装段階へ - 恒久的除去3手法で認証申請始動
目次
※本稿は2026年6月24日時点の公表情報に基づく。
欧州委員会は2026年5月29日、炭素除去・カーボンファーミング認証枠組み(Carbon Removals and Carbon Farming Certification Framework:CRCF)の実装状況を公表した。5月20~21日のCRCF Daysでは、既存の認証スキームが欧州委員会への承認申請を開始できる段階に入ったことに加え、需要形成を担うEU CRCF Buyers’ Clubの具体化が示された。
もっとも、CRCF市場全体が既に稼働したわけではない。2026年6月時点で方法論が発効しているのは、直接空気回収・貯留(DACCS)、バイオ由来CO₂回収・貯留(BioCCS)、バイオ炭による炭素除去(BCR)の恒久的除去3手法である。カーボンファーミングや製品中炭素貯留は、今後の方法論整備を待つ段階にある。
今回の動きを高品質な除去への需要転換が完了したと捉えるのは時期尚早だが、品質基準、認証主体、買い手形成を組み合わせ、市場を実際に動かす準備が始まった点は重要である。排出削減を進めても残る排出への対応が将来必要となる中、除去の価値は何トンあるかという量的視点だけでなく、どう測り、どれだけ長く貯留し、誰が検証したかという質的視点によって選別される方向にある。
日本企業にとっての論点も、除去ユニットの購入是非にとどまらず、認証された価値をどの契約で取得し、開示や顧客説明にどこまで使えるのかまでが問われ始めている。本稿では、制度の現在地を確認した上で、日本企業が今押さえるべき判断軸を絞って整理する。第1章 CRCFはどこまで実装されたのか
CRCFは、EU共通の任意認証枠組みである。対象は、①恒久的炭素除去、②農地・森林などでのカーボンファーミング、③長寿命製品中の炭素貯留の三つに大別される。除去・排出削減量の算定、追加性、長期貯留、持続可能性に共通基準を設け、第三者検証と認証情報の追跡を通じて信頼性を高めることが狙いである。
ここで重要なのは、CRCFが炭素クレジット市場全体への強制規制ではない点である。事業者が参加を選ぶ任意制度であり、CRCF認証を取得したからといって、企業の排出量算定やネットゼロ主張に自動的に利用できるわけでもない。CRCFがまず保証するのは、対象活動と認証プロセスがEUの定めた品質要件に沿っていることである。企業による気候報告や目標管理への利用方法は、なお検討途上にある。
現在、認証スキームが承認申請できるのは、方法論が発効済みのDACCS、BioCCS、BCRである。申請後には、欧州委員会による完全性確認、技術的適合評価、必要な修正、正式承認という段階を経る。承認されたスキームの下で、認証機関が対象プロジェクトを監査し、認証情報やユニットが登録・追跡される仕組みとなる。
このため、「CRCF準拠予定」「承認申請中」「正式承認済み」は区別しなければならない。申請開始は制度実装の前進だが、認証スキームが既に承認されたことや、認証ユニットの大量供給が始まったことを意味しないため、買い手側は、案件の説明資料で使われる「CRCF対応」という表現が、どの段階を指すのかを注意深く確認する必要があるだろう。
需要側では、EU CRCF Buyers’ Clubが買い手と供給者をつなぐ任意の市場プラットフォームとして設計されている。欧州委員会は方法論や認証制度、公的支援などの市場基盤を整える一方、2026年の案件選定、デューデリジェンス、契約、最終購入判断は買い手が担う。Buyers’ Clubは政府調達や保証制度ではなく、需要を束ねて初期案件の投資判断を後押しする仕組みと捉えるべきである。
同Clubは2026年12月までに恒久的除去の初期購入を目指しており、年末までに複数のオフテイク契約が示される可能性がある。ただし、参加や公的支援は、プロジェクト完成、除去量の引渡し、価格、企業による環境主張をEUが保証することを意味しない。制度上の品質確認と、個別案件の事業リスクは分けて評価する必要がある。
次の焦点は2026年後半である。カーボンファーミング方法論は夏の採択が見込まれ、建築物における炭素貯留方法論も年末までの公表が予定されている。また、欧州委員会は年末のCRCFレビューで、GHG ProtocolやSBTiに基づく気候報告における利用方法を検討するとしている。供給側の認証基盤は先行して整いつつある一方、企業が認証ユニットを何に使えるのかは、なお確定途上にあるといえる。
第2章 日本企業への影響はEUとの接点で決まる
CRCFは任意制度であり、日本企業に一律の義務を課すものではない。影響の大きさを左右するのはEU域内の除去案件、顧客、調達網、商品、環境主張との接点である。影響時期も一様ではなく、除去案件の投資・調達企業には既に検討課題が生じ、食品・農林や建設分野では今後の方法論整備が具体化の起点となる。
投資・調達では認証済みだけでは不十分
影響が早いのは、EUのDACCS、BioCCS、バイオ炭案件に投資・技術提供する企業や、将来の除去量をオフテイクする商社、エネルギー企業、金融機関と考えられる。初期市場では、既に発行されたユニットの単純売買よりも、将来引渡しを前提とする契約が中心になる可能性がある。Buyers’ Clubも、初期段階ではオフテイクを通じて大型案件の最終投資決定を後押しする構想を示している。
案件選定では、認証方法論への適合だけでなく、設備完成の遅延、除去量未達、認証の遅れ、事業者の信用力を誰が負担するかが重要になる。なお、CRCF認証は除去の品質を評価するが、事業者の信用や納期まで保証しないことから、商社などに求められる価値も、案件の仲介から、原資産、認証、契約を一体で見極める機能へ広がると考えられる。
食品・建設では環境価値の帰属が焦点
食品・農林分野では、カーボンファーミング方法論の具体化により、EUの農地・森林から原材料を調達する企業の関心が高まる可能性がある。ただし、同じ活動について、農家、原材料企業、ブランド企業、外部の買い手のうち、誰がScope 3削減や環境価値を主張するのかを整理する必要がある。ここが曖昧なままでは、資金を拠出しても自社の開示や顧客説明に使えない可能性がある。
建設・不動産分野では、外部の除去ユニットによる残余排出対応よりも、木材などのバイオ由来建材に固定された炭素の認証が、より直接的な事業機会となり得る。今後は、建材メーカー、建設会社、建物所有者の誰が認証価値を保有するのか、原料から建物の使用・解体までをどのように追跡するのかが論点となる。CRCFは、少なくとも35年間炭素を貯留する長寿命製品を対象としており、建築物向け方法論は2026年末までの公表が予定されている。
商品主張はCRCFと別に確認
EU消費者向けの商品・サービスを持つ企業には、CRCFとは別の注意点がある。Directive(EU)2024/825に基づく規制は2026年9月27日から適用され、温室効果ガスのオフセットを根拠として、商品が「気候中立」「CO₂中立」などであると主張する行為が禁止対象となる。CRCF認証ユニットであっても、商品主張が自動的に認められるわけではない。
一方、EUとの投資、調達、販売上の接点が限定的な企業にとって、現段階で大規模な対応は必要性が低い。重要なのは一律の全社対応ではなく、自社にどの接点があり、いつ判断が必要になるかを見極めることである。
以上を踏まえると、CRCF対応は次の三層で捉えると分かりやすい。
認証適合は、対象活動、方法論、認証スキームがCRCF要件に沿っているかを見る。
取引適合は、引渡し未達、反転、所有権移転などのリスクが契約で管理されているかを見る。
主張適合は、取得した価値を開示、目標管理、営業提案、商品広告のどこに使えるかを見る。
CRCF認証は、この三層のうち第一層を支えるものであり、残る二層を自動的に満たすものではない。ここを分けて考えることが、初期市場での過大な期待とグリーンウォッシュの双方を避ける鍵となる。
第3章 今から着手すべき三つの準備
第一は、EU接点の棚卸しである。EUの除去・CCS案件への投資、農林業・バイオマス調達、建材事業、消費者向け商品、現在のクレジット利用と環境主張を事業単位で確認する。全社一律の対応を始めるより、CRCFとの接点が強い案件を特定する方が優先度を判断しやすい。
第二は、暫定的な調達基準を設けることである。少なくとも、方法論が発効しているか、認証スキームが正式承認済みか、未達時の返金・代替条件があるか、ユニットの所有権と利用目的が明確かを確認する。CRCF準拠予定という表現だけで調達を決めないことが重要である。初期段階では、一件の候補案件で確認手順を試し、法務、調達、サステナビリティ部門の役割を固める方法が現実的であろう。
第三は、環境主張を調達判断から切り離して審査することである。特にEU消費者向けのカーボンニュートラルなどの表現は、2026年9月の適用開始を見据えて確認する必要がある。除去への投資実績、企業全体の気候目標、個別商品の環境性能を混同せず、それぞれに適した説明へ分けることが求められる。
経営層が決めるべき論点は、供給案件への投資家となるのか、長期の買い手となるのか、自社サプライチェーン内で除去・貯留を生み出すのか、当面はモニタリングにとどめるのかなどであり、自社の役割を先に定めることで、必要な投資、リスク許容度、社内体制が明確になる。
制度動向のモニタリングにおいては、少なくとも認証スキームの正式承認、カーボンファーミングと建築物の方法論、Buyers’ Clubの初期契約、GHG Protocol・SBTiとの関係という四つの進展を、自社の投資・調達・主張方針を見直すトリガーとして設定することが有効である。まとめ
EUのCRCFは、ルール形成から、認証スキームの承認申請と初期需要の組成へ進み始めた。ただし、現時点で方法論が発効しているのは恒久的除去3手法であり、認証ユニットの供給、取引条件、企業による利用方法はこれから具体化する。
日本企業に求められるのは、制度完成を待って全面対応することでも、先行して大量調達することでもない。EUとの接点を見極め、認証、取引、主張を分けて準備することである。2026年後半に方法論、初期取引、主張ルールの具体化が進めば、どの企業にとってCRCFが事業機会となり、どの企業にとって管理課題となるのかが、より鮮明になるだろう。参考文献:
• European Commission, “Europe lays the foundations for a robust carbon removals and carbon farming market”, 29 May 2026. (Climate Action)
• European Commission, “Carbon Removals and Carbon Farming(CRCF)Regulation”. (Climate Action)
• European Commission, “Certification methodologies”. (Climate Action)
• European Commission, “Certification schemes”. (Climate Action)
• European Commission, “EU CRCF Buyers’ Club”. (Climate Action)
• Directive(EU)2024/825. (EUR-Lex)