情報開示で終わらない人的資本経営 ―人的資本で企業価値を向上させる鍵―

「佐藤さん、人的資本経営って、今までの経営と何が違うんですか?これまでも人材は大切にしてきたのですが…」
「人的資本経営の情報開示って、何を開示すれば効果的ですか?」
 
最近、このような声をよく聞く。
 
当社は、2012年の創業以来、Produce Nextをミッションに最先端の領域でコンサルティングを行ってきた。最先端の領域は、常に「人的資本が価値を作り出していく」領域だ。そこで培った知見を活かし、「人的資本で企業価値を向上させる鍵」をお伝えする。

目次

  • 人的資本とは?
  • 人的資本経営の目的
  • 人的資本経営に関する論点
  • RISEの支援

人的資本とは?

「人的資本」の概念は、1776年にアダム・スミスの著作『国富論』に端を発する。20世紀に入ると、経済学者のセオドア・シュルツやゲーリー・ベッカーらによって、教育や訓練を通じて向上させられる経済的資本として、人的資本が再定義された。
 
現在は、国際統合報告評議会により、人々の能力、経験、そしてイノベーションへの意欲が人的資本と定義されており、「①資質+②スキル+③エンゲージメント」と捉えることが適切だと考えられる。

図1:人的資本に関わる討議の変遷​

図1:人的資本に関わる討議の変遷​

人的資本経営の目的

人的資本経営とは、企業が人材を「費用(≒使えばなくなるもの)」ではなく「資本(≒投資し価値を増やすもの)」として捉えることで、中長期的な企業価値の向上を目指す経営手法である。特に、VUCAと呼ばれる不確実性の高い時代となった現代において、競争力を維持・向上させる「研究開発・DX・企画」などの要素は、設備ではなく人材に依存するため、人的資本経営が重要とされる。
 
実際に近年のアメリカ企業を見ると、企業価値のうち無形資産が90%を占める。無形資産には特許・ソフトウェアなどが含まれるが、それらを形成するのはいずれも人であり、人的資本がいかに重要であるかがわかる。

図2:人的資本経営の定義

図2:人的資本経営の定義

人的資本経営に関する論点

優れた人的資本経営を実践し企業価値を向上するためには、現状次の2つの論点が重視されている。
 
(1)人的資本に関する活動内容や結果をどのように情報開示するか?
(2)人的資本をどのように強化・活用するか?
 
まずは(1)人的資本に関する活動内容や結果をどのように情報開示するか?(以後、「情報開示」)」について、現状の人的資本経営先進国の動向を見ていこう。
 
人的資本の情報開示は米国で生まれ、欧州で育ち、ISOという国際規格になった。一つのマイルストンとしては、2018年に公開されたISO30414によって、情報開示すべき58の指標が規格化された。
しかし、米国トップ100社のうち、主要なテーマ・指標を開示しているのは20%未満で、開示率は非常に低い。開示されている内容も、従業員の給与や福利厚生の合計額、年金の合計額など、従業員をコストとして捉える傾向が強い。
また、あくまで企業は規制対応や自社に有利な内容がある場合のみ、自社に有利になり得る項目だけ開示するというスタンスを取っているように見える。
 
人的資本の情報開示の例として、欧州の情報開示をリードした一社であるドイツ銀行が有名だ。しかし、ドイツ銀行の件は知っている方も多いと思うので、敢えてアメリカに本社を持つアクセンチュアの例を挙げたい。
同社は「離職率」「女性管理職比率」「従業員一人当たり研修時間」といった指標を積極的に開示している。(注1)また、最近では、アクセンチュアのように、離職率やスキル開発などの指標を開示する企業が増えつつある。
 
しかし、「情報開示したから」または「人的資本経営の指標を改善したから」業績が上がるのか、それとも「業績好調だから人的資本に投資でき、その結果人的資本経営の指標が高い」のか、どの因果関係が成り立つのかが見えないように思える。
 
仮に人的資本経営が「企業価値を向上するための経営手法」であれば、「人的資本経営の情報開示をすれば企業価値が上がる」または「人的資本経営の指標を改善したから業績が上がる」という因果関係を立証する必要がある。そうでなければ、企業は情報開示に積極的な投資をせず、これ以上の普及もしないだろう。冒頭で述べた通り「開示することで有利になる企業のみが有利になる指標に限って開示する」ことになる。
 
この状況を打開するには、企業価値向上に直接貢献する「先行指標としての人的資本の定量指標」が明確に定義され、ある程度正確かつ簡単に測定できるようになる必要がある。この部分への挑戦に関しては、別途当社のWell-Beingプラクティスによる「Well-Being指数」の研究結果をお待ちいただきたい。
 
次に、「(2)人的資本をいかに強化・活用するか?(以後、「強化・活用」)」から、現状の人的資本経営先進国の動向を見ていこう。
 
まず「人的資本をどのように強化するか?」について考える。
前述の通り、人的資本とは「①資質+②スキル+③エンゲージメント」の3つに分解できる。
「①資質」は後天的に変えにくいため、強化方法は「①資質」に合った配置をした上で、「②スキル育成」と「③エンゲージメント向上」の2つを行うことである。
「②スキル育成」は、Off-JTで業務に関する体系的な知識を伝え、OJTでスキルとして定着させる。
「③エンゲージメント向上」は、資質にフィットし、志向性の高い仕事のアサインし、成果と改善機会をフィードバックすることで実現する。また、報酬と働く環境の整備により、お金と時間の余裕・自由を与えることが効果的だ。
 
ただし、これらは人的資本経営という言葉が重視される以前から定石として理解されていた内容であり、目新しいものではない。
 
これを受け、これまでも人材を大切にしてきた企業の方は「人的資本経営という言葉自体は新しいが、新しく取り組むべきことはないのでは」という疑問を持たれると思う。これに対し当社は「業績向上に因果関係がある人的資本の定量指標が確立するまでは、タレントマネジメント、特に『採用』『配置』『Exit Management』を改善してはどうか」と提案している。
 
「採用」について、多くの日本企業においてDX人材の採用が急務だが、エージェントから紹介してもらえないことや、オファーしても圧倒的によい待遇の競合に奪われてしまうことなどが散見される。これに対応するには、給与制度含めた人事制度の改定と、採用チャネル・プロセスの改善が必要だ。
こちらに関しても、日本企業を「中途採用の5ステージ」で分類し、個別の対策を打つことが有効だ。こちらは、追って、当プラクティスから詳細を発信する。
 
「配置」については、前述のように技術・ツールの両面から資質に合わせることが可能だ。
最新事例として、リクルートは社員の自主性や創造性を重視し、自ら事業を立ち上げるベンチャー制度や、興味・関心に応じて部署を変更できるジョブチェンジ制度を提供している。また、サイバーエージェントは適材適所の配置を実現する組織として「キャリアエージェント」を設け、社員のコンディション把握ツール「GEPPO」や社内異動公募制度「キャリチャレ」の運営を行っている。配置の際には、データを一方的に参照するのではなく、データを踏まえた上で役割と期待を本人に伝え、最終的に本人の意志も考慮して決定することで、多くの社員が才能を開花させている。
資質に合わせた配置に興味のある方は、下記の記事も参照されたい。

 
Exit Managementは、日本企業の人事領域でおそらく最後まで残る大きな課題だろう。
具体的には、優秀人材のリテンションと、不活性人材の社外含めた適所への配置である。良くも悪くも平等性を重視した多くの日本企業の人事制度や法律がボトルネックになる。

RISEの支援

当社は人的資本を重視し、早期にWell-being経営への取り組みを開始してきた。そのノウハウと経験が詰まったアプローチを下記に述べているので参照されたい。
 
当社Well-being特設サイト:https://www.rise-cg.co.jp/well-being/
 
一方で、「従業員が幸せであることが会社の業績向上につながる」という客観的なデータは残念ながら十分にない。当社は、この因果関係を科学的に解明し、「幸せ」を起点とした「好業績と幸せの良い循環」を実現することに挑戦している。

最後に

一説によると、人間の生物的機能は、約200万年前に確立されたといわれている。ちなみに、最後の進化は大脳の発達だったとのこと。
 
逆に言うと、我々人類は200万年かけて、人間を研究し尽くしてきたといえるだろう。よって、調査手法・技術にイノベーションが起こらない限り、人事領域では新しい発見は少ない。つまり魔法の杖はなく、みんなが知っている定石にそった愚直な努力の蓄積が、人事領域の競争優位性になる。
 
そういった中、現状期待しているのが「スキルの客観データ化」と「ブレインテックによる脳のデータ化」である。これらにより、新たな人事領域の発見が生まれ、それをいち早く導入することで、人的資本経営が加速するのではないかと考えている。当プラクティスでも、引き続きタレントマネジメントに関する最新の知見を探求していきたい。