ピープルアナリティクスによる人事DXを実現するための鍵

自己紹介と問題提起

「佐藤さん、 人事のDXって、どう進めればいいん ですか?」、「『AIを使え』、と経営者から言われますが、人事にAIをどう使えばいいんでしょうか?」

 

最近、こんな声をよく聞く。

 

当社は、「Produce Next」をミッションに掲げ、2012年の創業以来100件を超えるDXや新規事業、それらにかかわるタレントマネジメントのご支援を行ってきた。その過程で培った「ピープルアナリティクス」の知見を活かし、「人事DXの進め方」についての仮説を紹介したい。

目次

  • 人事DXを進めるうえでの課題
  • AI活用のボトルネック
  • 人事DXの実現の鍵
  • 最後に

人事DXを進めるうえでの課題

人事とは要するに「ジョブとヒトと報酬のマッチング」である。例えば、採用は「採用したいポスト(ジョブ)」と「適任者(ヒト)」のマッチングであり、評価は「ジョブに求められる目標」と「ヒトの成果」を見たうえで、「被評価者」と「報酬」のマッチングだ。

 

第一に、ジョブとヒトは「スキル、資質、目的、働き方」の4軸でマッチングする。
ヒトがジョブに必要なスキルを持っていれば、「職務遂行」は可能と判断できる。
資質について、ここでは便宜的に「生まれつきの特徴」と捉えていただきたい。資質は、善悪・高い低いではなく、すべて個性と捉える。例えば、マルチタスクが得意な人もいれば、一つのタスクに集中することが得意な人もいる。資質のマッチングの一つが、ジョブフィットと呼ばれるものだ。これは、ヒトがジョブに求められる資質を持っていれば「ストレス少なく職務を持続可能」と判断できる。さらに、多くの企業では、カルチャーフィットも見る。ヒトと同僚が類似の資質を持っていれば、チームで働いた際にストレスが少なく、よいチームワークが期待できる。ここまでクリアすると、採用や配置を検討しているヒトが、適任者であると判断できる。
次は、Win-Winのマッチになるかという条件面のマッチングである。本人の働く目的がお金なのか、社会貢献なのか、自己成長なのかといったことと、仕事の内容・報酬、およびどのように働きたいか(例:小さい子供がいるため、時短勤務したい等)をすり合わせることで、最終的にヒトとジョブをマッチングする。

 

このうち、特にマッチングの難易度が高いのが「スキル」と「資質」である。例えば、エンジニアならその場でコードを書かせることでスキルフィットが見られることがある一方、このような手法はあまり他の職種では一般的ではない。「資質」についても面接を通じて判断するしかなく、そこには面接官の主観が多く入ってきてしまう。

 

第二に、ヒト(の成果)と報酬は、「給与規定、評価基準、人材市場における価値、+アルファ」の4つの軸でマッチングする。給与規定は人材市場価値を勘案して定めるため、実際には給与規定、評価基準、+アルファの3軸でマッチングする。
例えば、「営業」の方であれば、業界の平均給与を加味して作られた「給与規定」があり、求められる成果とそれに紐づいた基準を用いて評価される。さらに大型受注等の特筆すべき成果や社内貢献を「+アルファ」として加味することが多いだろう。
しかし、この「ジョブとヒトと報酬のマッチング」は、人事部の経験や勘で行われているのが実態である。つまり、不確かな情報に基づいた採用や配置を行っているため、成果が出にくいのである。
近年はこのマッチングをDXすることで、より効率化・最適化することが求められているが、AIの活用が難しいことが課題として挙げられる。

 

AI活用のボトルネック

「ジョブとヒトと報酬のマッチング」においてAIを活用する際のボトルネックが2つある。
一つ目は「人事データベースに必要なデータが格納されていない」ことだ。人事の情報にはデータ化することが困難なもの(高度なスキル、作業の品質等)、リアルタイムで反映できないもの(資格、健康状況等)が存在するため、必要なデータが格納されておらず分析できないことがある。
二つ目は「格納されていても、十分に分析できない」ことだ。データの一部が非構造化データ(職務経歴、研修の受講状況、スキル、評価結果などのテキスト)であるため、現時点のAIでは分析が難しいのだ。また、分析を可能にするためにデータの整形・統合まで含めた大規模な投資を行うことも、意思決定の側面から難しいと言わざるを得ない。

人事DXの実現の鍵

以上のことから、既存の人事データベースを基にしたDXは困難だといえる。従って、人事DXを推進するにあたっては、AIで分析することを前提として、人事データを新規で取得し、新たなデータベースを構築することも視野に入れる必要がある。
その際のポイントは「(自己申告ではない)客観的な評価・検証された構造化データとして取得すること」だ。
例えば、プログラム言語であるJavaScriptのスキルが求められるジョブを考えてみよう。あるヒトが業務でJavaScriptを使っており、スキルを磨いてきたとする。そのヒトは、JavaScriptのスキルレベルを測定するテストを受け、スキル偏差値57と認証された。その成績をブロックチェーンなどで対改ざん性を高めたうえで保管し、本人の同意に基づいて履歴書や職務経歴書にそのスキル偏差値を載せられるようにする。
すると、そのヒトのスキルは客観的に測定され、構造化データとしてデータ連携が可能になるので、本人の認証一つで転職エージェントへ登録したり、自社の人事に提出したりすることが可能になる。まさに、ヒトとしては、ワンスオンリーであり、企業としてはフリクションレスに情報を取得できるようになるのだ。
さらに、スキルレベルが客観的に測定され、構造化データになれば、これまでに述べてきたマッチングは簡単に行える。例えば、「このジョブでは、JavaScript偏差値55以上の人が欲しい」と要望を出せば、応募者のスキル偏差値との「大小比較」だけでマッチする人を絞り込むことができるのだ。
これまでは、自己申告で不正確だからこそ、マッチング精度を上げるために複雑なモデルを組む必要があった。さらに非構造化データだからこそ、高度な自然言語解析が必要だった。

 

実は、このような取り組みは既に動き出している。例えば、2022年6月にMicrosoft社傘下のLinkedIn社が買収したEduBrite社では、スキルごとに用意したテストを受けた上で、サーティフィケートする仕組みを提供している。LinkedIn Learningと結び付け個人のスキルデータを客観化する動きが期待されており、今後の動向に注目していきたい。

最後に

人事をDXする鍵は「スキルなどの客観データ化によるワンスオンリーの実現」と「正確で構造化された人事データのAI分析」だ。特に、分析は非常にシンプルで、精度を高めながらも、AIモデルのコストを圧倒的に抑えられることが予測される。

 

通常良いものは、値段が高いと考えられているが、人事のDXは「良いものほど、安く、簡単」というディスラプティブなDXになるだろう。

執筆者

佐藤 司(さとう・つかさ)
Managing Executive Officer,PARTNER
DX × Talent Management
外資系戦略コンサルティングファームやコンサルティングベンチャーの創業メンバーとして、戦略立案から実行まで一気通貫の支援経験を積む。また、人材育成・組織開発の事業会社で事業開発も経験。それらの経験を活かし、直近では「攻めのDX」として、デジタルを活用した新規事業やビジネスモデルの戦略策定・立ち上げ、またDX人材のタレントマネジメント支援に従事。 IT、金融、ヘルスケア、小売業、製造業、エネルギー等多くの業界での支援を経験。 アメリカ・ヨーロッパ・アジアの10か国でのプロジェクト経験も持つ。
DX × Talent Managementプラクティスを牽引。