日本版MaaSの意外な落とし穴 ~新規事業に求められる要件~

問題提起と自己紹介

当社の「Manufacturing & Innovation」では、製造業および企業内におけるイノベーション創出に関連した支援サービスの拡充/高付加価値化を目指して活動している。本稿では、製造業の中でも特にモビリティ領域に大きな変革をもたらすMaaS(マース:Mobility as a Service)について解説する。

 

日本にMaaSという言葉が入ってきてから数年が経ち、モビリティ業界以外の方でも耳にする機会が増えている。鉄道会社や自動車OEMが相次いで移動に関するサービスアプリ(以下MaaSアプリ)をローンチし、大小さまざまなMaaSベンチャー・スタートアップも登場しており、業界団体やグループも形成されつつあり、ウェビナーも良く見かけるようになっている。

 

一方で、「MaaSはお金にならない」「あくまで社会課題の解決が目的であり、収益を気にしてはいけない」など、ビジネスとしては否定的な意見も多く聞かれており、果たして、本当に国内でMaaSはビジネスとして成立しないのであろうか?本稿ではMaaS業界の今を読み解き、日本のMaaSは今後どこへ向かうのか/どこへ向かうべきなのかについて論じていく。

目次

  • 活発化する日本版MaaSとその実態
  • 日本版MaaSが陥った落とし穴
  • 日本版MaaSが苦戦している真因
  • 日本版MaaSに必要なビジネスモデルの変革

活発化する日本版MaaSとその実態

そもそものMaaSの発祥は2014年、フィンランドのヘルシンキにあるアールト大学大学院の論文で登場したのが始まりと言われてきた当時、ヘルシンキ市はフィンランドの首都でありながら公共交通機関の利便性が悪く、車社会が形成されていた。結果的に渋滞問題、路上駐車問題、排気ガスによる酸性雨問題等を抱えており、車社会からの脱却が喫緊の課題となっていた。

 

そこで同市は、公共交通機関の刷新による利便性の向上および車利用率低減を目標に掲げ、公共交通機関への大幅な投資と共に、当時話題になったWhimというMaaSアプリを開発、これがMaaSの先進事例として認識されてきた。

 

日本では数年遅れて2018年頃よりMaaSが注目を集め、以降さまざまなプレイヤーが登場し、サービスリリースや実証実験を行っている。国土交通省は、日本版MaaSを「MaaSとは、地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスであり、観光や医療等の目的地における交通以外のサービス等との連携により、移動の利便性向上や地域の課題解決にも資する重要な手段となるものです。※1」と定義し、「①都市型 ②観光地型 ③地方型」の3分類に分け、それぞれ社会課題の解決に向けた取り組みとして情報発信を行っている。

 

図1:MaaSとは

図1:MaaSとは


 

具体的には、都市型ではシームレスな乗換を目指したマルチモーダルサービス、観光地型では各種サービスと交通をセットにしたチケット販売キャッシュレス化、地方型では、移動貧困層の交通インフラ確保を目指した取り組み等が行われている。

 

参考:国土交通省日本版MaaSの推進 (mlit.go.jp)

 

日本版MaaSが陥った落とし穴

日本版MaaSは、大きく3つのプレイヤーとサービスに分類できると考える。

  • 鉄道事業者による乗換+周辺サービスのチケット販売アプリ(観光型)
  • 自動車OEMによる乗換+カーシェア、シェアチャリ等のマルチモーダルアプリ(都市型)
  • ベンチャー/スタートアップによるライドシェアアプリ(地方型)

 

中でも本稿では、最も商業化の取り組みが進んでいる①観光型MaaSの事例と、そこに隠された落とし穴の存在について論じていきたい(残る②都市型、③地方型の事例および課題についてはまた改めて別稿で紹介)。

 

鉄道事業者による観光型MaaSの取り組みは、関東私鉄の数社によるMaaS実証実験やMaaSアプリの配信が先進事例として取りあげられるが、これらの実証実験・アプリは、観光地における観光客数の増加を図るため、交通機関や観光施設、観光体験をスマートフォンで検索・予約・決済できるサービスを提供することで、公共交通の利便性を向上すると共に、新規顧客の誘客を図る取り組みとして、紹介されてきた。

 

ここで、鉄道事業者のビジネスモデルを簡単におさらいする。特に都市部の鉄道事業者は、自分たちの沿線に住民を誘致し、通勤や観光目的で電車を活用してもらうことで、鉄道の運賃および沿線・駅の不動産収入の両方を収益源としてきた。加えて、主要な関東私鉄は都心と観光地を結ぶ路線を保有し、各社は同リソースを梃子にした観光利用増およびそれに伴う運賃・不動産収入増を目的に観光型MaaS(乗換案内+観光地周辺サービスのチケット販売)へ注力し始めた、という背景がある。

 

一方で、当社はここに一つ大きな落とし穴があると考えている。今回の観光型MaaSにおいて、想定顧客は沿線内の観光地へ向かう観光客でである。では、旅行を企画するユーザーがこの観光型MaaSを使うことによって、何か大きく利便性が上がったか?と考えると、答えはNoである。鉄道各社提供のMaaSはアプリによるシームレスな移動・取引を謳っているが、実際の利用者にとっては、既存サービスを経由するケースと、MaaSアプリを経由してサービスを享受するケースで、利便性が劇的に変わることはあまりない。結果的に直接的なメリット=割引しかユーザー獲得につながらないため、MaaSアプリは結局クーポンアプリになるだけでなく、さらにアプリ運用というコスト増となり収益を圧迫するという悪循環に陥っている。現状、日本の観光型MaaSアプリは、利用顧客へ十分な訴求価値を作れておらず、顧客増・顧客単価UPに繋がっていないのでビジネスモデルが成立していない。

日本版MaaSが苦戦している真因

では、何故このようなビジネスの落とし穴が発生したのであろうか。その主な原因は、日本固有の市場環境として強力な競合プレイヤーが既に存在し、かつその提供サービスレベルが高いため、利用者にとっての利便性が当初の想定ほど向上しなかったと考えている。前述のとおり、日本にMaaSという概念が浸透したのは近年であるが、実際はMaaS定義のレベル1に該当する「複数の交通手段の情報統合(移動手段を組み合わせたルート検索等)」が既に幅広く浸透していた。例えば、乗換サービスの領域ではジョルダンが無料で使える乗換案内サービスを以前より提供しており、サービサーの領域ではナビタイムが駅の乗換時間短縮や乗換時の条件アルゴリズムを搭載した高いレベルの交通系アプリをすでに提供していた。

 

こういった強力な先行プレイヤーの存在を正しく理解していなかったことにより、後発プレイヤーの認識が甘く、顧客獲得の難航と、その結果としてコスト競争に陥ってしまったという環境要因が存在していたと当社は認識している。

日本版MaaSに必要なビジネスモデルの変革

当社としては、前述の日本固有の競争環境を踏まえ、日本版MaaSは海外とは異なるビジネスモデルの再構築が必要であると考える。その方向性のひとつのヒントとして、別業界のSmartNewsというサービスを紹介する。

 

SmartNewsは、様々な雑誌・コラム等から会員の趣味趣向に合わせた情報をピックアップ・提供するニュース配信サービスで、会員は全て無料で利用することが出来る。また、お得なクーポンを多岐に渡り用意し、会員が出先でお得に食事をとるサポートを行っている。

 

同サービスの注目すべき特徴は、上記のとおりBtoCビジネスとして会員ごとにカスタマイズされたサービス提供がなされている点に加え、同ニュースに紛れ込ませて会員の趣味趣向に近い商品の広告をアプリ上へ表示することで、BtoBビジネスとして広告収入を得ている点にあある。SmartNewsは、その保有する数百万単位の会員を趣味趣向ごとにカテゴライズし、商品を宣伝したい事業者に対してコンバージョン率の高い広告媒体を提供するというビジネスモデルを成立させている。

この事例からの学びは、①ユーザーごとにカスタマイズされたサービスが提供されている、②直接的なユーザーではなく広告という商材を用いて別事業者から収益を得ている、という点にある。

 

まず①については、既に幅広く万人向けのサービスが浸透している中で「カスタマイズにより差別化を行い、特定の顧客セグメントを切り取る」という新MaaSサービスの方向性の示唆になり得ると考える。また、②についても、現在の日本版MaaSはサービス提供に伴って発生したコストを利用料(チケット代金・運賃含む)の一部として徴収する商品販売型・従量課金型ビジネスになっているケースが多いと認識しているが、収益の獲得源を直接ユーザー以外へ求めることでサービス全体としての収益性を確保できる可能性が得られるであろう。

 

図2: 狭義のMaaSと広義のMaaS

図2: 狭義のMaaSと広義のMaaS

 

日本版MaaSが目指すべき方向性

前章で述べた方向性はほんの一例だが、日本版MaaSをビジネスとして成功させるためには、日本には既にMaaSのレベル1サービスが浸透しているという認識のもと、後発としていかに既存情報連携サービスとの差別化を図るか/直接ユーザー以外からの収益を確保するかという事業設計が必要になると考える。

 

当社はこれまでに数々の新規事業創出支援を行い、事業者自身および同事業者を取り巻く顧客の課題可視化や市場環境調査を含め、サービス開発支援からサービスリリースまでの幅広いコンサルティングサービスを顧客へ提供してきた実績があり、MaaS領域で新たな市場を創出していくためにもパートナーと一緒にサービスを作り上げていきたいと考えている。

 

次回の「Manufacturing & Innovation」では今回開設した②都市型MaaS、③地方型MaaSについて、より具体的な事例を通し、より課題の本質を追求していく予定である。

2022/07/06