欧州バッテリー規則の概要と日本企業の取るべき対策

近年、自動車業界は100年に一度の大きな変革期にあると言われている。特にCASE(= Connected / Autonomous / Shared & Services / Electric)と呼ばれる4つのサービス・テクノロジーは自動車と人、そして社会の関係性を大きく変えようとしている。
その代表格であるEVは、ユーザーに対してエネルギーコストの低減や移動時の静粛性、低速域での力強い加速といった多くのメリットをもたらすほか、「走行時にCO2を始めとする有害物質を排出しない」「有事の際に電源として活用できる」などの社会的な便益まで期待することができる。
そして、EV普及が社会へもたらすと予測されているもうひとつの大きな変化は、400兆円という巨大なマーケット規模を持つ自動車産業のゲームチェンジである。

 

EVは従来の内燃機関車と比較すると部品点数が少なく、すり合わせ開発の難易度も相対的に低いため、技術のキャッチアップ/新規参入のハードルが低い。複雑なハードウェア/制御を要するハイブリッド技術で日本に先行された海外メーカーは、戦略的にEVの開発/市場展開に注力しつつある。
実際に海外の状況を見ると、日本国内と比べて電動化が驚異的なスピードで進行している。経済産業省が発表した新車販売における地域別のEV販売比率 によると、2021年4Qにおける日本のEV販売比率は0.8%に留まったが、米国は5.0%、中国は15.9%、欧州は16.7%にそれぞれ達しており、圧倒的な差が生まれていることが分かる。欧州・中国を中心に、先進国における新車販売の主役が急速にEVへシフトしつつあると言えるだろう。(注1)

 

EVへの転換が急速に進んだ背景には、それぞれの国・地域の産業・環境戦略が存在している。特に欧州では2019年以降、「欧州グリーンディール」をはじめとした産業戦略や関連規制の策定が行われており、これらがEVを含むゼロエミッション車の販売や関連インフラの普及を後押ししてきた。欧州は2035年時点でゼロエミッション車の販売比率を100%まで引き上げる目標を掲げており、新車販売におけるEV販売比率は今後も増加するだろう。
上記のように域内のEVシフトを推し進めてきた欧州だが、加えてEVの製造/販売に関する規制を強化し、グローバルでのイニシアティブを高めようとする動きもある。「欧州バッテリー規則」だ。

 

本規則は、EVの心臓部であるバッテリーの製造者に対し、バリューチェーン全体におけるGHG(Green House Gas:温室効果ガス)排出量の削減や人権・環境デューデリジェンスの実施を義務付けるものであり、世界で90%以上のシェアを占める日本・中国・韓国のバッテリーメーカー を欧州市場から排除することが目的とも言われている(注2)。バッテリーメーカーや自動車OEM、自動車部品サプライヤーは、本規則を正しく理解し適切に対応しなければ、欧州市場におけるビジネスの機会を失う危険があり、早急な対策が求められている。

 

本論考ではEV化推進の背景となった欧州の戦略や環境規制を解説するとともに、バッテリー規制の全体像と国内自動車サプライチェーン企業への影響、講ずるべき対策について論じていく。

目次

■ 気候変動に関する欧州全体戦略

  1. 欧州全体戦略
  2. 欧州モビリティ戦略・関連規制

■ EV製造/販売に関する欧州規制(欧州バッテリー規則)

  1. 製造情報の登録
  2. GHG排出量の公開
  3. サプライチェーン・デューデリジェンス結果の公開
  4. リサイクル資源利用率の公開

■ 日本企業の取るべき対策
■ 終わりに

気候変動に関する欧州戦略

気候変動に関する欧州戦略

 

欧州は元来、環境に対する関心が高く、環境保護と経済成長の両立に早くから取り組んできた。2019年には「欧州グリーンディール」を発表し、環境政策と産業政策を一体で進める方針がさらに明確になってきている。本章では2019年以降の欧州の産業戦略や規制の流れを振り返り、EV販売比率が急増した背景について紹介する。

 

1.欧州全体戦略
欧州は2019年に「欧州グリーンディール」、2020年に「欧州気候法」を立て続けに発表し、気候変動政策を優先事項に位置付けた成長戦略を打ち出した。ここでは2050年までにGHG排出量を実質ゼロにすること(気候中立)を達成する目標を掲げており、新車のCO2排出基準強化やEV充電器の整備推進を行うことが明記されている。
この中で、自動車サプライチェーン企業が着目すべきポイントは以下の通りである。

 

① GHG排出量の目標設定(2030年/2050年):
2030年には温室効果ガスの純排出量(実排出量から森林等の吸収源による除去量を差し引いた値)を1990年比で55%以上削減し、2050年までに気候中立を達成する目標を掲げている。

 

② 資源効率向上に関する目標設定:
経済成長の維持を前提としつつ、材料の削減・リユース・リサイクルにより、資源使用量の削減と廃棄物の最小化を両立させることを目標としている。加えて、バッテリーに関する安全で持続可能なバリューチェーンの確立を訴求している。

 

③ 持続可能でスマートなモビリティーへの移行:
交通輸送業界のGHG排出量は欧州全体の1/4を占めており、同排出量を2050年までに90%削減することを目指して以下の施策の推進を掲げている。

 

  • マルチモーダル輸送の推進
  • Mobility as a Service実現に向けたスマートシステムの開発
  • 道路輸送を対象とした排出量取引制度の新設
  • 新車CO2排出量削減目標の引き上げ
  • EV充電器や代替燃料充填施設の整備支援

 

④ 目標達成に向けた投資計画の提示:
2030年の中間目標達成に向けた「持続可能な欧州投資計画」を策定・公開する。特に、InvestEUファンドの30%以上を気候変動対策へ投資することを定めている。

 

2.欧州モビリティ戦略・関連規制
欧州全体戦略で設定した目標を達成するための施策やインセンティブなどを「持続可能なスマートモビリティ戦略」、「乗用車・バンのCO2排出基準に関する規則の改正案」、「Euro7(排ガス規制案)」の中で具体化した。このように、ゼロエミッション車以外の新車販売規制方針や排ガス規制の強化方針やEV充電器の整備計画を示すことで、自動車OEMや消費者に対してEVへの移行を促している。
これを受け、自動車サプライチェーン企業が着目すべきポイントは以下の通りである。

 

① ゼロエミッション車普及目標の設定:
2030年までに最低3,000万台のゼロエミッション車を普及させ、2050年までにはほぼ全ての乗用車、商用・貨物車、バスをゼロエミッション車へ移行する。

 

② インフラ整備目標の設定:
EV充電器を2025年までに100万基、2030年までに300万基整備する。また、水素ステーションを2025年までに500ヶ所、2030年までに1,000ヶ所整備する。

 

③ インセンティブの設定:
消費者がより持続的な交通手段を選択し得るインセンティブを与えるため、炭素価格、課税、インフラ補助金などを設定する。

 

④ 新車CO2排出基準の強化:
2030年~2034年に販売する新車のCO2排出量に対し、2021年比50%以上(乗用車55%以上、バン50%以上)の削減を求め、2035年以降に販売する新車はゼロエミッション車のみとする。

 

⑤ 新車の大気汚染物質の排出基準強化:
2035年までに乗用車やバンのNOx排出量を現行基準値からさらに35%以上削減することを求めるほか、アンモニア排出量やブレーキ・タイヤの摩耗による粉じん量を新たな規制対象とする。

図1:欧州のEV普及に向けた戦略・規制

図1:欧州のEV普及に向けた戦略・規制

EV製造/販売に関する欧州規制(欧州バッテリー規則)

欧州は戦略・規制を通じてEV化を進めると同時に、欧州地域におけるEV・バッテリーのサプライチェーン育成を推進している。その中で、近年最も注目を集めている施策が「欧州バッテリー規則」の策定である。本規則はサプライチェーン・バリューチェーン全体を規制対象としており、バッテリーメーカーに対しサプライチェーンマネジメントについての強い責務を課すことで欧州域外のバッテリーメーカーに輸出障壁を作り出し、域内のバッテリーメーカーを優遇・保護目的があると考えられる。本規則は2023年に施行、2024年以降に効力発生の見通しであり、 遵守できないバッテリーメーカーや自動車OEMは欧州への輸出が制限されることになる。(注3)

 
欧州バッテリー規則の規制項目は大きく分類すると「製造情報の登録」、「GHG排出量の公開」、「サプライチェーン・デューデリジェンスの実施」、「リサイクル率の公開」の4項目であり、規制の概要は以下の通りだ。

 
1.製造情報の登録
バッテリーの性能や使用状況に関する情報や、廃棄・分解・リサイクルに必要な情報などを4段階の閲覧権限(①一般公開、②利害関係者及び欧州委員会、③指定機関、市場監視当局、欧州委員会、④利害関係者のみ)に分けて登録することを義務付けている。さらに、登録した情報は製品に添付されたQRコードを通じて権限を持った人間がいつでも確認できるようにしなければならない。

 
2.GHG排出量の公開
材料調達~製造~輸送~廃棄のバリューチェーン各段階におけるGHG発生量に関する情報の収集・管理を求めるとともに、認証機関による排出量算定結果の真正性証明を義務付けている。GHG排出量データおよび認証結果は、バッテリーメーカー・モデル情報・製造工場といった基本情報とともに一般公開する必要がある。

 
3.サプライチェーン・デューデリジェンス結果の公開
リチウムやニッケル、コバルトなど、レアメタルをはじめとした原材料のトレーサビリティ管理システムを構築し、原材料の調達における環境汚染や人権侵害の有無に関する調査を義務付けている。調査結果は第三者機関の検証を受けたうえで一般公開する必要がある。

 
4.リサイクル資源利用率の公開
バッテリー製造業者に対しては、使用済みバッテリーの無償回収やリサイクル業者への引き渡し、リサイクルに必要な情報の提供を義務付けている。バッテリーリサイクル業者に対しては、リチウムバッテリーの最低リサイクル率や重要材料の最低回収率を義務付けている。

図2:EV製造/販売に関する欧州規制

図2:EV製造/販売に関する欧州規制

日本企業の取るべき対策

上述の通り「欧州バッテリー規則」はバッテリーに関するバリューチェーン全体の情報を統括・管理し、サプライチェーン内の取引企業に対して適切な指導を行うことを求めている。では、国内企業はどのような対策を取るべきなのであろうか。当社は以下の4ステップで対策することを提案したい。

 
1.規制内容の理解
現時点で「欧州バッテリー規則」は欧州理事会と欧州議会において政治合意に達したばかりの段階だ。最終的な規則案の内容や採択・施行スケジュールは確定していないため、欧州議会の動向をウォッチし、規制の公表・発効タイミングを抑えておく必要がある。
また、既に発表されている規則案をもとに、自社や取引先に対する影響をあらかじめ把握・想定しておく必要もある。「欧州バッテリー規則」と関連規制を調査し、影響の大きさ・施行年月・必要な対応を一覧で整理しておきたい。

 
2.サプライチェーンの把握/規制対応状況のアセスメント
前述の通り「欧州バッテリー規則」はサプライチェーン全体に影響するため、まずは自社のサプライチェーンを正しく把握・管理する必要がある。具体的にはTier 1の調達先へヒアリングを行い、必要に応じてTier 2以降の調達先とも直接対話して、自社サプライチェーンの全体像を把握しておくことが望ましい。

 
加えて、ステップ1で整理した取引先への影響想定をもとに、調達先から収集すべき情報が得られているか、調達先の調達・製造活動に法令違反のリスクが残存していないかを評価する必要がある。

 
3.対応方針・対応計画の策定
ステップ2で抽出したリスクへの対応方針を検討し、リスクを有する調達先が存在する場合は、指導を行うとともに必要に応じて調達先の切り替えを検討しておく。
また、今後も同規制の強化やサプライチェーン全体に対する新たな規制の導入可能性があることを考えると、サプライチェーン企業のデータ連携を自動化しておくことが望ましい。経済産業省やDADCが立ち上げたデータ連携イニシアティブ「ウラノス・エコシステム」の活用も想定しながら、自社における企業間データ連携の方針や導入・活用するシステムを検討していくのが良いだろう。(注4)
必要な対応を具体化・リスト化したら、規制の効果発生タイミングを意識しながら規制対応ロードマップを策定するとよいだろう。

 
4.対策の実行/サプライチェーン企業との連携
基本的にはステップ3で定めたロードマップに従って規制対策を実行していく。対策の実行にあたり重要となるのが中小企業の巻き込みだ。場合によってはTier 2以降の調達先に対しても依頼の背景にある欧州規制の内容を直接共有するとともに、必要に応じて適切なインセンティブや対応費用の配賦方針について協議する。
全ての調達先に対して対策の必要性をインプットした上で、協力体制を整えることができるかが鍵となる。

終わりに

ここまで欧州バッテリー規則の全体像と日本企業の取るべき対策を述べた。自動車業界およびバッテリー関連業界では、今後も欧州の規制動向に注目し、一歩先を読んだ早期の対策を推進していくことが求められていくだろう。