BaaSが変える銀行の未来とは?

ビル・ゲイツは、1994年に「銀行機能は必要だが、今ある銀行は必要なくなる」と発言をした。この発言から30年が経過した今、既存の銀行が必要なくなる状況にまでは至っていないが、銀行以外の主体がBaaS(Banking as a Service)を通じて銀行サービスを提供するようになり、ビル・ゲイツの予言の実現に一歩近づいたと言えるだろう。
 
今回の論稿から「BaaSが変える銀行の未来とは」と題し、全3回で「BaaS」について解説する。
第1回目の今回は概論編をお送りする(なお第2回は「攻めのBaaS編」、第3回は「守りのBaaS編」として執筆予定)
 
これからBaaS事業を始めようと検討している銀行 やBaaSを活用した新規事業を検討している非金融事業者の参考となれば幸いだ。

目次

  1. BaaS(Banking as a Service)とは何か
    • BaaSの概要
    • BaaSの類型化
  2. なぜ、BaaSが必要か
    • 事業会社のメリット
    • 銀行のメリット
  3. BaaS活用で留意すべきこと
    • 銀行代理業の許可基準と行為規制
    • 金融サービス仲介業との違い
  4. 最後に

1.BaaS(Banking as a Service)とは何か

●BaaSの概要

BaaS(Banking as a Service)とは、預金・決済・送金といった銀行機能 をクラウド経由で第3者に提供するサービスのことである。従来の銀行は、自社で銀行システムを開発・運営し、顧客向けの銀行サービスを提供していたが、BaaSでは、銀行がシステムインフラと銀行業務機能をAPIとして提供し、第三者がこれらのAPIを活用して自社サービスに銀行機能を組み込むことを可能にする。BaaSを使えば、銀行以外の企業でも銀行と同等の機能を提供できるようになるだけでなく、自社のサービスと銀行機能を掛け合わせることで新たな価値を作りだせる可能性がある。

図1:従来の金融サービスモデル/BaaSを活用した金融サービスモデル

図1:従来の金融サービスモデル/BaaSを活用した金融サービスモデル

従来の銀行サービスでは、店舗やATMへの訪問やアプリへのログイン、銀行が用意したチャネルへのアクセスといった手間が発生し、日常の経済活動と銀行取引が分断された状態にあったと言える。
BaaS基盤を活用し、事業会社のサービスの中に金融サービスを組み込むことによって、経済活動と金融取引が一体となったシームレスなサービス提供が可能となる。
 

●BaaSの類型化

BaaSには「ホワイトラベル型」、「共同ブランディング型」、「フルブランディング型」の3つのパターンがある。
 
ホワイトラベル型
銀行が金融商品・サービスを完全なホワイトラベルとして事業会社に提供し、エンドユーザーとなる顧客からは銀行名が見えないパターンを指す。事業会社はUIやUXの観点において銀行の影響をほとんど受けることなく、自社のブランド観を具現化した金融サービスを提供することができるため、独自のブランド観を大事にする企業にとってはホワイトラベル型が好ましいだろう。
事業会社がより独自性のある金融サービスを提供しようとする場合には、ソフトウェア開発キット(SDK)の提供を受けたうえで事業会社側が開発を進め、自社アプリに金融機能を組み込むことも考えられる。
 
共同ブランティング型
銀行・事業会社ともに自社の名前を前面に出し、共同でそれぞれの強みを生かした価値提案を行っていくパターンを指す。事業会社は銀行と提携することで、金融サービスの提供に不可欠な「信用」を手に入れることができる。一方、銀行は「デジタル」や「ユーザーフレンドリー」といった非金融事業者のブランドイメージを利用し、自社のイメージを向上させることができる。提携する両者のパワーバランスが均衡しているような場合に向いている。
 
フルブランティング型
金融サービスの提供者の名前が前面に出るパターンを指す。現状ではECサイトにおける決済や後払いサービスなどで限定的に利用されている。例えば、初めて利用する新興のECサイトに信用力がなく、顧客が住所やクレジットカード番号などの個人情報を入力するのに抵抗を覚えるような場合、使い慣れた決済手段が埋め込まれていれば、サイトに対する信用度がアップする。そのため、サイトを信用できず、購入を諦めるといった顧客の離脱を防止できる。

図2:BaaSの3パターン

図2:BaaSの3パターン

ここまでBaaSのパターンについて説明してきたが、これらは事業会社の規模やブランド力などに応じて使い分けることを想定している。
一方で今後は事業会社が主導権を握る形(ホワイトラベル型)が増えていくのではないかと当社は考えている。
 
例えば、日系企業イメージ調査2023(注1)を見ると、一般個人の企業認知度ランキングにおける銀行業界の順位はゆうちょ銀行の69位が最高位で、それ以外に100位以内の銀行はない。よって、銀行業界は必ずしも認知度の高い業界とは言えないだろう。
 
以上を踏まえると、銀行はパートナー企業の高い認知度を利用して、個人向けビジネスを活性化させたいはずである。つまり、顧客接点の設計をパートナー企業に任せ、銀行は黒子に徹する形が理想的と言えるだろう。
 
また上記のランキング上位には、生活の中でよく店舗を目にする小売業や外食チェーンが並ぶ。銀行各行は店舗数削減や空中店舗化を進めるなかで、顧客との接触機会が減少していることもあり、対面接点の多い企業との提携によって接触機会の減少を補うこともできるだろう。

2.なぜBaaSが必要か

スマートフォンの普及や新型コロナウイルスの影響により、非対面取引は一般的なものとなった。銀行においても、残高確認や送金がスマートフォンを通じて簡単に行え、キャッシュレス決済も当たり前になった今、銀行店舗やATMに行く機会は減っている。
事業会社の目線では、DX(デジタルトランスフォーメーション)がビジネストレンドとなり、デジタル技術を駆使し、顧客体験を向上させることが必須な時代になった。
これを受け、自社サービスに金融機能を組み込み、顧客にとってより付加価値の高い、シンプルかつシームレスな購買体験サービスを提供することが求められている。
以降は、事業会社、銀行がBaaSから得られるメリットについて触れていきたい。
 

●事業会社のメリット

① 利便性の向上
消費行動において、顧客利便性(UX)が向上することは大きなメリットと言える。
例えば、支払いのタイミングで銀行サイトへ遷移したりや各サービスでの本人認証などが求められれば、顧客の離脱に繋がるだろう。自社アプリなどに決済、送金、融資などの機能を組み込み、シームレスなサービスを提供することで、顧客の離脱を防止することができる。
また事業会社は金融業とは別に本業があるため、あくまでも本業の価値を高めるための位置づけだと考えられる。
例えば、ハウスメーカーであれば住宅を買ってもらうことが主目的で、住宅ローンで大きく儲けようとは考えないはずだ。だとすると、金融業における収支はトントンでも構わないので 、本業への誘因を目的とした顧客にとって魅力的な金融商品が出てくる可能性がある。具体的には、BaaS基盤を用いて低利の住宅ローンを提供するハウスメーカーが現れれば、住宅ローンに惹かれて住宅を購入する顧客も出てくるだろう。
 
② 信頼性の獲得
銀行は規制や監督が厳しい環境で運営されており、一般的に信頼性が高いと認識されている。その銀行が提供するBaaSを活用したサービスであれば、事業会社は顧客やパートナーからの信頼を獲得しやすくなる。
 
③ 迅速な市場参入
BaaSを利用すれば自社で金融機能を開発・構築する必要がなく、時間とリソースが節約できる(※) 。 市場参入のスピードが向上し競争力を得られるとともに、より戦略的な重点事項にリソースを集中させることができる。)ヤマダNEOBANKの例では、ヤマダホールディングスと住信 SBI ネット銀行が、NEOBANKサービスを利用した新たな金融サービスの実現に向けて合意に至ったとのプレスリリースが2020/10/26に出され、 約8か月後の2021/7/1にはサービスを開始している。(注2)サービスの内容にもよるが、BaaSを利用したことで半年から1年以内くらいの期間でサービス開始を実現できるものと考えられる。
 

●銀行のメリット

①BaaS提供による手数料収益
一番わかりやすいメリットは、事業会社にBaaS基盤を提供することで手数料が得られることだ。手数料は「アカウント手数料」と「取引手数料」とに分けられる。
アカウント手数料は、1口座×○○円といったように、口座が増えれば増えるほど銀行の収益が増えるので、多くの顧客を抱えている事業会社と連携することで最大化される。
もう一方の取引手数料は、取引金額×手数料×按分割合で決まるため、営業に強く積極的に金融商品を販売してくれる事業会社であれば、相性が良いだろう。
 
②顧客接点の獲得
対面営業を中心とした銀行では、非対面取引の増加やインターネットバンキングの普及により、支店の来客数が減少した。加えて、コスト削減圧力の中で支店を閉鎖する流れもあり、対面チャネルでの顧客接点はますます少なくなっている。一方、インターネットバンクにおいては、(一部の例外を除いて)そもそも対面チャネルを有していないことから、対面での接客を希望する顧客にリーチできていない状態にあった。
 
銀行(対面/インターネットバンクいずれも)は、対面での顧客接点を多く持つ事業会社と連携することで、顧客接点を補完することができる。また、通常であれば接点を持てないような属性の顧客であっても、事業会社との連携で接点を獲得し、新たな顧客層の開拓にもつながる。
 
例えば、ヤマダデンキと住信SBIネット銀行によるヤマダNEOBANKの例では、ヤマダデンキの会員数は約6,000万と公表されており、そのうち1%でもヤマダNEOBANK口座を開設すれば、住信SBIネット銀行の口座数を大きく増やすことに貢献することになる。
 
③顧客データの獲得
銀行は、事業会社が持つ顧客データを獲得することで顧客の属性を解像度高く理解できるようになる。顧客理解が深まると、与信コストの低下や効率的なマーケティングの実施が期待でき、結果的に価格競争力のある融資や金融商品の販売へつながると考えられる。
 
顧客データの匿名加工は必要になるが、蓄積したデータを活用したコンサルティングサービスも考えられる。銀行の融資先で出店戦略や調達戦略などを検討している企業があれば、データに裏付けられた的確なアドバイスが可能となる。

図3:BaaSを実施することによる事業会社と銀行のメリット

図3:BaaSを実施することによる事業会社と銀行のメリット

3.BaaS活用で留意すべきこと

●銀行代理業の許可基準と行為規制

BaaSを活用し、銀行の委託に基づき、預金の受入れや払戻し、送金や為替取引などの銀行業務を代理で行うためには、内閣総理大臣(管轄財務局長)の許可を得る必要がある。
 
銀行代理業は、電子決済等代行業、金融商品仲介業、生命保険募集人および損害保険代理店などの類似のライセンスよりも当局の規制が厳しい。また広範にわたる行為規制にも服するため、安易に銀行代理業を行うことができるわけではない。そのため、BaaSの活用はガバナンス態勢の一定整った企業に限られる。

図4:銀行代理業の許可基準と行為規制

図4:銀行代理業の許可基準と行為規制


また、銀行代理業の許可の取得には、所属銀行を特定する必要がある。事後に所属銀行を追加することも可能であるが、当局への変更届出や2行以上の所属銀行を有することについては顧客に事前説明が必要なため、所属銀行の変更・追加はスイッチングコストが高い。
 
つまり、優れた事業会社と提携したい銀行は、他社 他行に先駆けてBaaS基盤を提供し、早期の囲い込みが重要であり、事業会社から選ばれる存在でなければならない。その実現に向けては、事業会社と銀行との接続を容易にするプラットフォームを構築することが望ましい。事業会社にとって銀行とシステムを連携・接続することは、開発費用や人員リソースの観点でハードルがある。それが安く・早くできるのであれば、事業会社が銀行を選ぶ理由になるだろう。
 

●金融サービス仲介業との違い

読者の中には金融サービス仲介業でも足りるのではないかと疑問を持たれる方もいるかと思う(なお、金融サービス仲介については、弊社記事『「金融サービス仲介業」とは?どのような事業者が参入に適しているのか?』も併せて参考にして頂きたい)。

 
2つの大きな違いは、金融サービス仲介業で営むことができるのは「媒介」のみで「代理」を行うことができない点だ。金融サービス仲介業者は、顧客に対して口座開設やローンなどの契約締結の機会を提供することはできるが、契約内容や条件を決めることはできない。そのため、非金融事業者がオリジナルの商品を設計しようとする場合は、銀行代理業の方が向いていると言える。

4.最後に

規制緩和が進み、既存のビジネスの枠組みや常識とされていたものが通用しない時代が訪れ、自社のみで競争優位性を維持することが困難となり、周囲のステークホルダーとの「共創(アライアンス)」がますます重要視されている。自前主義を捨て、足りないリソースやケイパビリティを補完しながら成長する共創戦略の実現手段として、BaaSは有効な手段だろう。
 
次回は、「攻めのBaaS編」として、BaaSによってリテールビジネスの勝ちパターン(KSF)がどのように変わっていくかを解説する。

2023/09/28