メタバースの事業機会を広げる鍵となる技術

自己紹介と問題提起

「佐藤さん、どんな技術開発すれば、メタバースで有利になりますか?」
「Web3とNFT*とメタバースって、どういう関係なんですか?」

 

最近、こんな声をよく聞く。

 

当社は「Produce Next」をミッションに、2012年の創業以来100件を超えるDXや新規事業をご支援してきた。そこで培った「先端技術の活かし方」の知見を活かし「メタバースの事業機会を広げる鍵となる技術」の仮説を紹介したい。
(なお、興味のある方は前回の記事「メタバースに生まれる『7つの事業機会』とは」も参照頂きたい )

目次

■メタバースの7つの事業機会を実現する技術領域

  • 「利用目的」を拡げる技術(ソフトウェア・データ)
  • 「没入感」を高める技術(IoT・ウェアラブル)

■メタバースでのマネタイズに重要な技術領域

  • メタバース間の資産ポータビリティの確立
  • リアル・デジタル間の資産の紐づけ

メタバースの7つの事業機会を実現する技術領域

前回の記事から、メタバースの事業領域について「メタバースの目的」「メタバースの没入感」という2軸で整理できることを議論してきた。それぞれ、重要な技術領域が異なるので、1つずつ紹介したい。

 

図:メタバースの「目的」、「没入感」の実現の鍵

図:メタバースの「目的」、「没入感」の実現の鍵

 

【利用目的(ソフトウェア・データ)】
「利用目的」を「遊ぶ ⇒ 学ぶ ⇒ 暮らす」と拡げるには、ソフトウェアとデータの「再現精度」と「スコープ」が鍵となる。

 

「再現精度」とは、メタバース上で現実世界をどれだけ完全に再現するかだ。再現精度を上げるには、現実世界の一つ一つをシミュレーションできるだけのソフトウェアとデータが当然必要となり、求められるコンピューティングパワーも高くなる。

 

「スコープ」とは、メタバース上で現実世界をどの規模で再現するかだ。例えば、自分の部屋一つを再現するのか、複雑な生産ラインを持つ巨大工場すべてを再現するのかで、求められるソフトウェアもデータも全く異なる。

 

領域別に詳細を見ていこう。

 

まず「遊ぶ」のフェーズでは、再現精度は簡易的なもので済み、スコープは必要な範囲のみでよい。例えば、高いところから落ちるといった危険な体験をしても、その危険を精緻に 再現する必要はない。

 

次に「学ぶ」のフェーズでは、再現精度は、現実を完全に再現することが望ましい。「遊ぶ」フェーズとは異なり、メタバース上でよりリアルに学習内容を体験する必要があるためだ。例えば、手術であれば、間違えて血管を傷つけてしまえば、それに伴う流血や血圧の低下などを再現する必要がある。ただし、スコープについては、学ぶ範囲だけ再現すればよいので、手術の例であれば、手術室の外にいる家族などを再現する必要はない。

 

最終段階の「暮らす」フェーズになると、「学ぶ」フェーズでの再現精度に加え、衣・食・住など含めた広いスコープで現実世界を再現することが求められる。

 

【没入感(IoT・ウェアラブル)】
「没入感」を高め、五感全体をメタバース上で再現するには、IoTとウェアラブルの技術を向上させる必要がある。具体的には、人間のセンサー(五感)を刺激する技術と、脳を直接刺激し五感を再現する技術の2つに分かれている。

 

まず「見える、聞こえる」の全てと、「触れる、感じられる」の一部では、既に一定程度の没入感を実現していると言えるだろう。とはいえ、まだまだ課題は小さくない。現状のメタバースを楽しむ際に使われるヘッドマウントディスプレイの装着時間は、10分程度と言われている。その理由の一つに、(特に女性は)3D酔いが激しいという課題があり、長く快適に装着できるよう、ハード面を改善する必要がある。加えて、デバイスが高価格で普及しづらいという点も指摘できる。低価格化の為には、「負荷を減らす」「大量生産によるコストダウン」など、複数の課題をクリアすることが必要だ。

 

一方、「触れる・感じられる」の一部や「嗅げる・味わえる」は、没入感を高めることが難しい。例えば、風を感じる、温泉の暖かさを全身で感じるといった全身の触覚を直接刺激するのは至難の業だ。できたとしても、大型で専門的なデバイスが必要となる。また、嗅覚や味覚を味・香りがする現物を使わずに再現するのも困難だ。

 

この場合に必要となるのが、BMI(ブレインマシンインターフェース)を用いて脳を刺激し、五感を再現する手法だ。BMI技術は現在研究段階だが、「目を使わずに見る」「耳を使わずに聞く」など一部の機能は実現している。

 

また、BMIを活用して、頭で考えるだけで思う通りにメタバースの中を動けるようになると、没入感がさらに高まるだろう。

メタバースでのマネタイズに重要な技術領域

続いて、メタバースにおける「マネタイズ」、つまりお金の稼ぎ方を見ていきたい。世間一般の認識では 概ね、下記のようになっているのではないだろうか。

 

  • メタバースやメタバース上でのゲームの運営者は、ソフトウェア販売や課金によりマネタイズできる
  • ユーザーは、課金はできてもゲーム内通貨から現金への換金はできないので、マネタイズできない
  • ユーザー同士のRMT(リアルマネートレード。現金で、メタバースやゲームのアイテムなどを売買すること)は原則として認められていないので、マネタイズできない
  • あるメタバースやゲームの中で買ったり入手したりしたアイテムを、他のメタバースやゲームへ移行することはできない
    (readyplayer.me**というサービスを使うと、アバターを複数のメタバースやゲームなどで使うことができるようになりつつあるが、適用サービスはまだ少ない)

 

つまり、現状のメタバースはユーザーから見て「一方通行で広がりがない経済空間」と考えられる。せっかく課金しても、そのメタバースやゲームがサービスを終了すると、ゲーム内通貨や購入したアイテムは消えてしまい、換金もできないので、広がりがない。

 

このメタバースにおける経済空間を、ユーザーから見て魅力的にできる技術がNFTではないだろうか。中でも特に重要な要素は「メタバース間の資産ポータビリティの確立」と「リアル・デジタル間の資産の紐づけ」である。

 

【メタバース間の資産ポータビリティの確立】
今後、様々な会社が制作したメタバースが乱立するようになると、自分のデジタルアセット(アバター等)を他社のメタバースに持っていきたいというニーズが生まれるようになる。

 

具体的に言えば、Axie Infinityで育てたアクシー***をMeta社のHorizon Worldsに連れていくなど、気に入ったアバターを作成場所とは異なる様々なメタバース上で使いたい、というニーズだ。

 

自分のデジタルアセットの利用が1か所に限定されると、そのメタバースがサービスを終了した際に、これまで課金したお金やアセットは全て失われてしまう。ただし、NFTを活用してアバターと所有権を管理すれば、これまでに購入したアバターはいつまでも失われることなく、どんなデジタルサービスにも持ち込んで使えるようになる。そうすると、リアルへの資産への投資・消費のように、安心して課金し続けられるようになり、結果的にメタバース上での市場が飛躍的に大きくなることが期待できる。

 

【リアル・デジタル間の資産の紐づけ】
NFTを活用してリアルの資産とデジタルの資産を紐づけ、リアルとデジタルの両方で使えるようにすることも考えられるだろう。例えば、あるユーザーがリアルでスニーカーを買うと、同じデザインのスニーカーをメタバースでも使えるようになるといったことだ。例えば、NIKEは既にRTFKTを買収しており、NFTスニーカーを販売している。

 

この方法を用いるとは、ユーザーが好きなブランドの商品を購入する意欲を即効性高く促進させることになる。つまり、「同じ値段(あるいは少し高い値段)で、メタバースで使えるアバターももらえるのなら、買おう」と思う消費者もいるはずだ。

 

さらに一歩進めると、本来売買ができないような貴重な品をデジタル上だけで売買できるようになる。例えば、ダ・ヴィンチのモナリザは、現在ルーブル美術館が所有・保管している。モナリザは500年以上前に書かれた油彩であり、温度や湿度の管理を間違えるとすぐに傷んでしまう。盗難や破壊から守るためにも、非常に厳重な警備や設備が必要だ。当然のことながら、非常に高価なもので、現在取引を行えば1,000億円程度になるのではないかと言われている。

 

もし仮に、モナリザを100万のピースに分け、NFTを活用してメタバースで販売すればどうなるだろうか。1ピースは100万円になり、オリジナルの絵画をルーブル美術館で引き続き保管しながら、メタバース上では最大100万人のユーザーが正当な所有者として自分のスペースに展示することができるようになる。さらに、本物のモナリザが他の美術館に貸し出される際は、モナリザのレンタル料が100万に分割され、100万人の所有者に還元されることになる。

 

これにより、今までは流通が難しかった美術館・博物館・宗教施設が持つ美術品や工芸品をデジタル上で流通させ、マネタイズすることが可能となる。
このことは、日本では90年代後半から普及し始めた「不動産の証券化」と同様に、流動性を高め、取引に参加できる人を増やし、市場を飛躍的に成長させることが期待できる。

 

*NFT:「Non-Fungible Token」の略。これまでコピーにより量産ができたデジタルデータに代替不可能で唯一性を持たせることができる。現在のNFTの大部分は、イーサリアム上に作られている。
**出所:https://readyplayer.me/
***アクシー:Axie Infinityで育てたり戦わせたりするモンスター。Axie Infinityにおいては、このモンスターがNFTである。ポケモンのNFT版だとイメージするとわかりやすい。

執筆者

佐藤 司(さとう・つかさ)
Managing Executive Officer,PARTNER
DX × Talent Management
外資系戦略コンサルティングファームやコンサルティングベンチャーの創業メンバーとして、戦略立案から実行まで一気通貫の支援経験を積む。また、人材育成・組織開発の事業会社で事業開発も経験。それらの経験を活かし、直近では「攻めのDX」として、デジタルを活用した新規事業やビジネスモデルの戦略策定・立ち上げ、またDX人材のタレントマネジメント支援に従事。 IT、金融、ヘルスケア、小売業、製造業、エネルギー等多くの業界での支援を経験。 アメリカ・ヨーロッパ・アジアの10か国でのプロジェクト経験も持つ。
DX × Talent Managementプラクティスを牽引。