けん玉を世界中に普及し、人々の人生を変えるお手伝いがしたい


 
2010年12月の結成から活動12年目を迎えた、けん玉パフォーマンスコンビ「ず~まだんけ」。児玉健さん(コダマン)と飯島広紀さん(イージー)の2人で活動されています。
NHK紅白歌合戦などメディア出演や、アメリカ、ヨーロッパ、アジアと海外公演経験も豊富で、技を披露するだけでなく「音楽」や「ダンス」をけん玉と融合させたパフォーマンスで、世界中の人々を魅了しています。
ご縁があり、2023年2月に開催した当社の創業10周年記念パーティーにて、パフォーマンスの披露と、けん玉体験企画を担っていただきました。
当社CBO(Chief Branding Officer)の奥田 将史が、ず~まだんけさんが世界中の人々に伝えていきたい「Produce Next」な想いを伺いました。

 

-けん玉との出会いと、コンビ結成秘話-

奥田
先日は10周年記念パーティーにおいてパフォーマンスならびにけん玉体験企画を担っていただきありがとうございました。圧巻のパフォーマンスに、参加していた社員は大変興奮していました。
 
児玉
こちらこそありがとうございました!
 
10周年記念パーティーでのパフォーマンス

10周年記念パーティーでのパフォーマンス

 
奥田
早速ですが、まず、お二人がけん玉と出会ったときのことを教えてください。世間一般的にけん玉は子どもの頃に遊んでいた人が多い印象があります。お二人も小さい頃からけん玉で遊ばれていたのでしょうか。
 
飯嶋
まさにおっしゃる通りで、僕の場合は小学校3年生のときに通っていた学童保育で指導員の先生に教わったことがきっかけでした。
イベントのときにたくさんの人の前でけん玉を披露する機会が設けられていて、上手な子が優先的に出演することができたんです。舞台に上がっている上級生がとてもかっこよく見えたので、メンバーに選ばれるために練習を重ねていました。
 
飯嶋広紀さん(イージー)

飯嶋広紀さん(イージー)

 
児玉
僕は相方のイージー(飯嶋さん)に出会ってからけん玉を始めたので、僕が30歳のときでした。
 
奥田
児玉さんは大人になってから始められたのですね!意外でした。お二人の出会いは何がきっかけだったのでしょうか。
 
児玉
僕は29歳のときにサラリーマンを一旦やめて、1年半くらいフリーの期間があったんです。その時にNPO法人の「芸術と遊び創造協会」が開催している「おもちゃコンサルタント」の養成講座に通っていたのですが、その同じクラスにイージーがいました。けん玉がとても上手だなぁと思っていて、せっかくの機会なので教えてもらったところ、見事にハマりました(笑)
もちろん、始めは技を成功させることなどほとんどできませんでした。でも、毎週の講座で顔を合わせたときや、プライベートで遊びに行ったときに教わって、徐々にできるようになっていきました。
やはり、横に付いて教えてくれる人がいるというのは大きかったですね。毎回宿題をもらって、それを達成するために練習を重ねていました。
 
児玉健さん(コダマン)

児玉健さん(コダマン)

 
奥田
なるほどです。そこから、ず~まだんけ結成に繋がっていくのですね。
 
児玉
おもちゃコンサルタント養成講座は、四谷のおもちゃ美術館で受講していたのですが、そこでは毎年文化祭みたいなものが開催されています。様々な方が出店して、ワークショップなどを開いていて、そこで、イージーと「けん玉のパフォーマンスを披露したい」という話になりました。これが記念すべき初ステージであり、原点ですね。
実際にやってみるとなかなか手ごたえがあったので、初舞台から約3か月後にコンビを組むことが決まりました。
もちろん勢いもあったのですが、ただけん玉をやるだけではなく、人前で披露する「パフォーマー」になれば、けん玉でお金を稼ぐことができるのではと考え、それならばやってみたいと思いました。
でも、当時は10年もやるとは全く思っていなかったですが…(笑)
 
ず~まだんけを結成して間もない頃

ず~まだんけを結成して間もない頃

 

-プロとしてパフォーマンスをする覚悟。「やりがい」と「稼ぎ」の両立のためにまずはやってみる-

奥田
「プロとしてお金を頂く」、ということはどこか心理的なハードルもあると思うのですが、躊躇はなかったのですか?
 
児玉
僕にはなかったですね。年齢が30歳だったこともあり、やるからには「何か」につなげなければならないという強い想いがあったので、機会があればやるしかないという覚悟で挑んでいました。恥ずかしいなどと言って選り好みしている場合ではなかったですね。
 
奥田
ず~まだんけさんの「楽しい」パフォーマンスと、プロとして「稼ぐ」という、一見相反する二つの概念を上手く重ね合わせされている印象です。「楽しい」だけでも、「稼ぐ」だけでも、続けることは難しいと思います。
 
児玉
まず、土台としての稼ぎを得ないと、新しい景色を見に行くための “ガソリン”がない状態のままです。
「楽しい」と「稼ぐ」は切っても切れない縦の関係で、どちらか一方が欠けていると先に進むことはできないと思っています。
 
奥田
好きなことを仕事にすることは理想ですが、実際にできている人は僅かです。ましてや、仕事の「やりがい」を見つけることも難しいと感じている人は多いと思います。
 
児玉
「好きなことを見つけなきゃ!」と焦っている方をよく見かけますが、僕は順序が異なる気がします。
まず何かにチャレンジし、それを続けることで、最終的に自分の「好き」につながっていくのではと考えています。
というのも、実は僕にとってパフォーマンスは、特段好きなことではなかったんですね(笑) でも、段々やっていくうちに好きになっていきました。だから、「俺はけん玉パフォーマンスをやるために生まれてきた!」のようにかっこいいことは言えません(笑)
これまでの人生において、様々なことにチャレンジした中で、けん玉パフォーマンスは自分自身に上手くハマり、続けていくうちに好きな気持ちが大きくなっていったんです。
 
奥田
自分から行動することが最も大切ですね。 お二人のステージを見ていても、楽しんでいらっしゃる気持ちが伝わってきましたし、お話している様子からも情熱が伝わりました。ありがとうございます。

 

-先を見据えて準備を積み重ね、チャンスを逃さない―

奥田
そんな活躍されているず~まだんけのお二人ですが、飛躍するきっかけとして、何があったのでしょうか?
 
飯嶋
一番の出来事はTV出演ですね。日本テレビの情報番組「スッキリ」から出演依頼があり、初めてTV番組の中でパフォーマンスをすることになりました。
これまではお客さんの前で20~30分間のパフォーマンスをすることが多かったので、TV向けに1分ほどの短いパッケージをつくる必要がありました。
出演後、いろいろなところから反響がありました。大きなけん玉の会社とつながることができたり、音楽イベントのLIVEに呼ばれたりするようになり、ステージの幅が広がったと思います。
 
児玉
当時は今ほどの技術がなかったので、けん玉を使ってコントみたいに笑わせようという趣旨を構想していました。しかし、TVは尺が短い分、限られた時間でどれだけ魅力的なパフォーマンスができるかを模索するようになり、練習を重ねてクオリティをあげていきました。
分かりやすく言えば「けん玉の上手なお兄さん」ではなく「パフォーマー」として出演するようになりました。
 
奥田
なるほど、それは肩書が変わる大きな分岐点でしたね。海外遠征についても、その後に声をかけられるようになったのでしょうか?
 
飯嶋
そうですね。けん玉の大きな組織に認知してもらうことができ、さらに偶然、世界的にもけん玉の人気が高まったので、けん玉界におけるず~まだんけの知名度も一気に上昇しました。
 
児玉
初めての海外遠征はハワイでした。けん玉とヨーヨーの大きなイベントがあって、そこに呼んでもらいました。
当時、2013年ごろはハワイでけん玉が信じられないくらい流行っていて、ショッピングモールにあるおもちゃ屋のいちばん目立つ陳列棚にけん玉があったんです。
当時は結成3年経った頃で、TV出演を経てステージの場数も増え、音楽と一緒に1~3分でパフォーマンスをする形が板についていたので、SNSで発信もしていました。
ハワイに行ったら、その投稿をみていた人がたくさんいて、サイン攻めにあいました(笑)
振り返ってみると、運よくInstagramで動画が見れるようになったタイミングでもあったんですよね。
 
奥田
お話を聞いていると、すべてが良いタイミングとして重なっていますね。
 
児玉
はい、その通りだと思います。運がいいんです(笑)
 
奥田
運を掴むには、しっかり準備するプロセスが必要です。ず~まだんけさんは、日々の活動の中で、1つ1つを積み重ねていらっしゃったので、ブレイクしたのだと思います。
私たちがご支援しているコンサルティングサービスも同じで、クライアントの成長のタイミングを逃さないために、どのようなバリューを日々積み重ねていくか、ということは常に考えています。

 

-初めての海外公演。二人でいるから高め合える-

奥田
これまでに色々なご経験があったかと思いますが、特に印象的だったことを教えてください。
 
飯嶋
繰り返しになりますが、やはり、初めての海外遠征、ハワイでの経験は強く印象に残っています。初めて外国の子供たちがけん玉をやっている現場を見ることができたので、とても刺激になりました。
 
ハワイへ公演に行った時の写真。大盛況であったことが伝わります。

ハワイへ公演に行った時の写真。大盛況であったことが伝わります。

 
児玉
良いことも悪いことも含めて全部思い出ですね。
良い思い出で言えば、フランスのサーカスに出演した時のことですね。心が震えました。
大会兼興業だったんですが、360度を観客に囲まれた状態で、持ち時間は5分。ほかの出演者は世界中から集まった、超人みたいなパフォーマーばかりで、プロ中のプロしかいないわけです。もちろん、けん玉は僕らだけでした。その中でパフォーマンスをするというのは貴重な経験だったので、特に印象に残っています。
 
奥田
お二人の中で、パフォーマンスをする上で大切にしていることはありますか?
 
飯嶋
二人でステージを創りあげることです。
けん玉パフォーマーとして10年以上続けてこれたのは、二人でやっているからだなと思います。
海外へ行くにしても、ステージ上でミスをしてしまった時も、二人なら支え合って次に進んでいくことができるんですね。自分だけでは気づけないことも多いので、高め合える相方がいて本当に良かったと思います。
だからこそ、自分は一人ではなく、二人だから良さを出せているんだ、ということを忘れないようにしています。
 
児玉
僕も同じですね。それに加えて「自分たちは一番イケている」と信じることですね。このパフォーマンスを見た人の、何かが変わると信じてステージに立っています。

 

-けん玉は、人生を変え得るもの-

奥田
お二人は「けん玉の未来」をどのように想い描いていますか?
 
飯嶋
けん玉は日本人のほとんどが知っているおもちゃではありますが、遊んだことはあってもできない人が多いと思います。これからは「遊び」の域を超えて「文化」として昇華させていきたいです。
具体的には、大会やサークルを開催してプレーヤー人口の増加に貢献したり、それに付随してけん玉メーカーが増えたり、といった輪を広げる取り組みに協力していきたいです。
 
児玉
世の中に、人生が変わるきっかけやモノはたくさんあると思いますが、中でも確率が高いのはエンタメだと思っています。けん玉も、人生を変えることができるもののひとつです。
僕自身、けん玉で人生が大きく変わりましたし、他にもたくさんの人がけん玉のおかげで人生が変わった瞬間を見てきました。
例えば、アメリカの商業施設で偶然僕たちのパフォーマンスを見た子どもが、数年後プロになっていました。
さらに、イタリアで出会った少年はヨーロッパでプロになり、2年後のW杯でスポンサードをもらって代表として来日し、再会しました。
これからも、けん玉文化を世界中に広めて、あらゆる人の人生を変えていきたいなと思います。
特に海外はけん玉の知名度が日本ほど高くないので、人生を変えるきっかけもたくさんあるでしょうから、一生かけてでも、けん玉の普及と人々の人生を変えるお手伝いをしていきたいですし、やる価値のあることだと信じています。
 
奥田
人生を変えるきっかけ、素敵ですね。最後にず~まだんけさんにとって、「Produce Next」とは何でしょうか?
 
児玉/飯嶋
世界中の人とけん玉で遊びたい
 
奥田
本日はありがとうございました!
 

 

-人生を変える仕事-

ず~まだんけさんのけん玉パフォーマーのように、新しい職業・仕事がどんどん生まれていく世の中です。「好き」がその起点で始まるビジネスが、「好き」だけでは活動の継続は難しく、その背景には「稼ぐ」と意志とそのための圧倒的な行動量が必要となります。
 
ず~まだんけ児玉さん、飯島さんのお二人のパフォーマンスは、迫力と熱意があり、心を動かされます。彼らのパフォーマンスを見て何かを感じ、心が動かされ、その気持ちを大切にしようと思う人が今後増えていくでしょう。そして彼らに影響を受けた誰かが、また誰かに影響を与えていくという、循環がProduce Next(しあわせな未来を共に拓く)に繋がっていくのだと感じました。

-プロフィール-

ZOOMADANKE(ず~まだんけ)
2010年に結成のけん玉パフォーマンスコンビ。
“けん玉のイメージを変える”をモットーに、日々「けん玉」の新しい楽しみ方を研究し、【音楽】や【ダンス】をけん玉と融合させたパフォーマンスは見る人すべてを魅了する。
保育園、幼稚園などの教育機関や商業施設、企業パーティー、各種イベントでパフォーマンスを行っている。 またけん玉教室、けん玉イベントなど、けん玉の普及活動にも積極的に力を注いでいる。
 
年末のNHK紅白歌合戦には七年連続出演。また日本だけでなく世界からも高く評価され、活動のフィールドを広げている。
 
公式WEBサイト
http://www.zoomadanke.com
 
奥田 将史(おくだ・まさふみ)
ライズ・コンサルティング ・グループ執行役員 パートナー CBO。
アビームコンサルティング、海外PR事業会社を経て、ライズ・コンサルティング・グループに参画。金融業界を中心に、PMI推進、デジタルマーケティング戦略、新規事業企画、業務プロセス改革等に従事。経営層から現場・部門間・社内外等、複数のステークホルダーを横断したプロジェクト推進力が強み。CBO(Chief Branding Officer)として、全社横断での広報・ブランディング戦略を統括。